6泊8日で、サマルカンド、ブハラ、ヒヴァ、タシケントを巡る個人旅行の6日目です。この日は、イチャン・カラを歩き回ります。パフラヴァン・マフムド廟を見て、カフェ ザラフションで昼食を取ります。2025年10月の旅です。
ドームの装飾に圧倒され
6日目 11:20 タシュハウリ宮殿からパフラヴァン・マフムド廟に向かいます。朝方にはまだ路上の店に衣服や土産物などは並んでいませんでしたが、昼時近くになると、さすがに本格的に稼働しています。

異世界すぎて、こうして街を歩くだけでも楽しめます。

11:30 パフラヴァン・マフムド廟に到着。共通チケットの対象外になり、別途入場料が必要です。こちらはドームの入り口になります。

場所はこちらです。ジュマ・モスクとイスラム・ホジャのミナレットの間にあります。
イスラム・ホジャのミナレットの展望スペースから見たパフラヴァン・マフムド廟の外観です。青いドームが目を引きます。

霊廟の内部です。一歩足を踏み入れると、圧倒されます。青を中心としたマジョリカタイルで全面が覆われていて、その装飾の細やかさに言葉を失います。

内部の高さは20mくらいでしょうか。イチャン・カラでは最も大きなドームとされています。

権威が欲しくて
そもそも、パフラヴァン・マフムド廟とはどんな施設なのかということですが、その名の通り、パフラヴァン・マフムド(1247-1326)を祀る霊廟として建てられました。パフラヴァン・マフムドは、屈強な肉体を誇るレスラーで生涯無敗と言われ、詩人、哲学者、毛皮職人としても活躍したといいます。その多岐にわたる才能で、民衆から敬われた人物でした。ただ、彼が亡くなった後につくられた墓は、小ぶりなものだったとされます。
時は流れて19世紀、ヒヴァ・ハン国の君主ムハンマド・ラヒム・ハン1世は、パフラヴァン・マフムドを「ヒヴァの守護聖人」として仰ぎ、彼の墓の上に被せるように、一族の墓所を設けることも決めます。ヒヴァ・ハン国が誕生する250年も前に生まれた偉人と自分たちを重ね合わせることで、地域を統べるハンとしての権威向上を図ったのです。
現在のような形で霊廟が完成したのは1835年。アラクリ・ハンの時代です。
このドーム内には、小さなイーワーン(空間)が設けられています。ここに墓標が置いてあります。ムハンマド・ラヒム・ハン1世のものです。遺体を安置した棺は、この地下にあるといいます。

墓標のアップです。

では、肝心のパフラヴァン・マフムドの墓標はどこにあるのかというと、ドームのそばに設けられた小部屋にあります。ガラス窓越しに見ることになります。パフラヴァン・マフムドの霊廟をうたいながら、でもその扱いを見ると、ハンの墓標が主役になっています。

それにしても、このドーム内の美しさは、たとえようがありません。イチャン・カラでは群を抜いて一番ですし、今回のウズベキスタン旅行で見てきた建物の中でも、個人的には指折りに感動しました。このドームと比較し得るのは、ティラカリ・マドラサのモスク、グーリ・アミール廟、アクサライ廟でしょうか。イチャン・カラを訪れたら、ここは絶対に外せないスポットではないかと思います。

イスラム・ホジャ・マドラサに隣接するレストラン
12:10 お腹が空いてきたので、昼ごはんに行きます。パフラヴァン・マフムド廟から近いカフェ・ザラフションを選びました。ガイドブックなどで紹介されている人気店です。
場所はこちらです。イスラム・ホジャのミナレット、イスラム・ホジャ・マドラサに隣接しています。
屋内に客はいなかったのですが、どうも団体客用に予約が入っているようで、屋外の席なら座ってもよいということで、こちらになりました。ぎりぎり日陰の席です。この日の最高気温は27度。日差しがそれなりに強いので、日なたはきついです。

座った席の背後に、そびえるイスラム・ホジャのミナレットが見えます。日陰の席で暑さの問題がクリアできるのであれば、屋外の席の方が眺めが良くていいです。

注文した品です。まずはサラダ。パクチーがたっぷり入っています。パクチーは東南アジアのイメージがありましたが、ウズベキスタンのサラダにも結構入っています。

グンマです。ひき肉などを生地で包んで揚げたものです。揚げ餃子に近いです。トマトソースを付けて食べます。

麺料理のシヴィット・オシュです。前夜も食べました。ディル(=セリ科の香草)が練り込んであるため、このような緑色になります。

昼食後は、クフナ・アルクに行き、イチャン・カラの城壁に上がってみます。




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